長野叙事詩
前書き
こんにちは。
このページでは、筆者が出張中に作った62首の短歌を公開します。
【基本情報】
・筆者:社会人2年目(F)
・出張先:長野県長野市
・期間:2021年5月30日〜7月30日
・62日間の出張中、1日1首のペースで短歌を制作
・これが初めての一人暮らし
・歌詠みの素養はなし(これまでに読んだ歌集は「サラダ記念日」のみ・最後に短歌を作ったのは小学校の国語の授業)
【制作の目的】
①毎日のルーティンを作り、安定した生活リズムの定着をはかること
②思考を言語化することで精神状態を冷静に俯瞰し、慣れない環境に飲まれないようにすること
③初めての一人暮らしの模様を記録し、後々思い返せるようにすること
【なぜ短歌なのか】
・五七五七七のリズムが好きだから
・文字数に制限があるので、考えを簡潔にまとめられると思ったから
【タイトルについて】
・「長野叙事詩」は、ミュシャの連作絵画「スラヴ叙事詩」のもじり
①共通点
・連作である
・「スラヴ」「ナガノ」がどちらも三文字の地名
②相違点
・題材とサイズ
ミュシャ:自身のルーツであるスラヴ地方の歴史と神話を、縦横数メートルの作品20枚にまとめた
筆者:「初めての一人暮らし@長野県」の模様を、縦13センチ・横6.5センチのiphoneでまとめた
・社会的意義
筆者:ない
・制作地
ミュシャ:欧州の中心
筆者:本州の中心
・制作中の想い
ミュシャ:残りの人生をひたすら我が民族に捧げる※
筆者:早く実家に帰りたい
※引用元:「スラヴ叙事詩」『ウィキペディア フリー百科事典日本語版』(スラヴ叙事詩 - Wikipedia)
最終更新日時:2022年1月25日 (火) 21:53(日時は個人設定で未設定ならばUTC)/アクセス日時:2022年2月26日(土)20:30
【凡例と注記】
・歌の冒頭に日付を付し、一日一首の体裁をとっていますが、厳密にその日のことを書いているわけではありません(たとえば軽井沢旅行は1泊2日でしたが、ネタ数が実日数を上回り、6日分を要しています)。
・初日と最終日を除いた60首を、下記6テーマに分類しました。上から順に読まれることを想定していますが、目次からお好きなトピックへ遷移することもできます。
《環境》•••周囲の環境について
《散策》•••徒歩圏内を散策した記録
《生活》•••生活の様子
《遠出》•••電車/車で遠出した記録
《音楽》•••期間中に聴いた音楽について
《日常》•••何でもない日に考えたこと
・初日と最終日分の2首は、最初と最後に固定で配置しています。
・必要と思われるものに、キャプション(小さい文字部分)と写真を付しています。
・関連情報等、リンクを貼り付けた箇所があります。よろしければご覧ください。
《開幕》
5/30(日)
車窓から眺める畑 燃えそうな納屋を探して もうすぐ長野
村上春樹の短編で、他人の納屋を無許可で燃やす男の話があって、畑を見ると思い出す
《環境》
5/31(月)
姦しく鳴るステンレス 信州の風の花道 右端の窓
会議室のブラインドが風になびく様子
6/7(月)
優しげなおじさん社員の掌に 赤い傷跡 もしや
中間管理職で色々十字架背負ってそうだったから、あながち間違いではない
6/10(木)
西友は 我が友 まじ神 救い主 5分で行ける食の楽園
徒歩5分の場所に西友がオープンしたときの喜びを詠んだ歌
6/9(水)
飲み会を人事にチクる管理人 あなたを見守るビッグブラザー
マンションの管理人が夜中の監視カメラ映像を逐一確認して、夜遅く帰ってきた社員を見つけては弊社人事に告げ口しており、本物のディストピアだった
6/2(水)
食堂のおばちゃん 朝から大声で挨拶 優しさが疎ましい
6/11(金)
NHK イヤホンでシャットアウトして キリンジと飛べ アルカディアへと
食堂のテレビがNHK一択で苦痛だった
6/20(日)
へべれけの女のような空模様 泣き上戸ならずっと泣いてろ
山が近くて、天気が定まらない日が多かった
6/22(火)
長野県各地の定点カメラから 眺む街の灯 大雨警報
夜景と雨がきれいで、豪雨の様子が放映されているチャンネルをずっと見ていた
《散策》
飲食店
6/12(土)
徒歩でしか見つけられない店がある 休み短し 歩けよ乙女
7/14(水)
店員の女の子に自分のことを ”ボス”と呼ばせる寿司屋の大将
外国人の何もわかってなさそうな女の子が言いなりになっていた
6/26(土)
二等辺三角形が皿に伏し 峰を連ねる お好みで塩
サンドイッチの上にポテチを乗せる粋な計らい
7/2(金)
モノクロのジェームズディーンの眼差しに 射られ俯きカレーを掬う
カレー屋の店内に、哀しい瞳のジェームズディーンの写真が飾られており、目の遣り場に困った
7/8(木)
私的喫茶三箇条 一、薄暗く 二、マスター高齢 三、別珍の椅子
↓三箇条揃い踏みの喫茶店↓
7/15(木)
「水尾」なる地酒 酩酊 週半ば 寄る辺なき身と浮遊する夜
甘くて初心者でも飲みやすいが、枡で出されてしたたかに酔った
7/9(金)
金髪の
その他
6/1(火)
駅前は5分歩けば閑古鳥 街を肥やしに駅舎は育つ
駅だけは立派
6/13(日)
うらぶれた古本屋の100円コーナーに必ずいる 中上健次
6/19(土)
図書館の貸出券をもらうため 司書の優しい女性を騙す
3ヶ月以上滞在する予定がないと貸出券が作れなくて、仕方なかったんだよ
6/3(木)
交差点 歩道に埋まる小鳥たち 均一な眼を踏んでくすませ
7/12(月)
店内でUKロックを流しつつ 店頭で推す 尾崎世界観
古本屋の店内で思想の対立が起きていた
7/25(日)
女湯の平均年齢75 半世紀後の自分を探す
《生活》
7/13(火)
山積みの洗濯物の下敷きになっている本 これが生活
6/29(火)
包丁がギロチンならば 罪人はゴボウ 料理という名の処刑
6/23(水)
重低音重視のポータブルスピーカー 隣を気にし 絞る音量
控えめなパリピ
6/8(火)
大豆田とわこのために9時までに 炊事洗濯済ませ着席
リアタイはテレビの醍醐味
6/27(日)
朝食がケーキだけでも誰にも怒られない もう大人だからね
Happy Birthday to me
6/24(木)
丁寧に暮らす雑誌を読みながら 部屋の掃除ができない女
7/6(火)
まな板にトマトの赤が沈着し 擦れど消えぬ 永遠の罪
6/5(土)
八百屋にて蕨を一把勧められ 部屋で灰汁抜き 晴れた週末
《遠出》
上田
6/6(日)
路地裏は無人 寂れたスナックを太陽が灼く 白き頽廃
映画を見に行ったんだけど、思ったより閑散としていた
帰省の車窓から
6/18(金)
沿線のひどいホテル名選手権 優勝 カーニバルプリンセス
2位はホテルカリヴィアン
白馬
7/4(日)
本名:ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男Ⅲ世 これは思わず購入したランチバッグ
7/3(土)
古ぼけたロッヂの看板
7/5(月)
「綺麗だね」 霧で見えない花畑 まことしやかに褒めて笑って
戸隠
7/22(木)
温かい生き物のよう 天ぷらを噛み締め嚥下 戸隠の蕎麦
戸隠神社、山の上にあるので参拝は体力勝負
軽井沢
7/19(月)
時が
テラス席でのひとときに放心して、ろくに観光しなかった旧軽井沢
7/20(火)
別荘地 施しめいた老人の道案内 ノブレスオブリージュ
軽井沢に別荘があることを暗に自慢しながら頼んでもない道案内をしつつ、ポケゴーで狂ったようにスマホをタップするアクの強いおじいちゃんに出会った
7/18(日)
窓辺から朝日差し込み 壁面に映る 光のシネマトグラフ
Film Noir
7/17(土)
露天風呂 夏の星座を湯煙が覆い 朧に見える瞬き
明らかに北欧出身のマダムがサウナと水風呂を行き来しており、本場の整いを見た
7/16(金)
食堂の窓辺に並ぶアンティーク雑貨
7/21(水)
茜から薄暮へ向かう私鉄線 空と私を夜へ運んで
旅行の帰りの電車って世界で一番寂しいよね
《音楽》
6/14(月)
朝流す くるりの東京 初めての一人暮らしは長野でしたが
7/1(木)
米津玄師のアルバムを新しい順に再生 すぐそこに夏
夏になると聞きたくなる
6/15(火)
7/10(土)
ビートルズ 横断歩道で流れだし わたし ジャケ写の一部になって
中高で所属していた軽音部のバンドメンバーで歩くとき、なぜか自然に一列縦隊になっていくので「ビートルズみたい」と笑っていたのを思い出した。メンバー6人いたけど
7/26(月)
歌声の綿毛のような危うさに 去りし日を見る 青いアルバム
7/24(土)
夕暮れの商店街とクボタカイ アーバンになりきれぬ親和性
《日常》
6/16(水)
コンビニのサラダに詳しいOLになって 何かが摩耗していく
6/17(木)
猫がいる窓に釘付け 大人たち 始業まであと残り15分
一軒家の窓辺に座っている猫を、通勤途中のサラリーマンが外から愛でている朝の光景
7/11(日)
平日は着ない白地のワンピース ひらり羽織って歩く週末
7/7(水)
そういえば今日は七夕 曇り空 梅雨の逢瀬はついぞ叶わず
6/4(金)
真夜中の触れられそうな静寂を鼻歌で割る 小さい抵抗
6/21(月)
帰り道 裏路地に
6/28(月)
図書館の本にスペ3 置き土産 ジョーカーに勝つ術はもうない
スペードの3を栞がわりに挟んだまま忘れて返却した人、大富豪やるとき切り札ないなっていう
6/30(水)
毎朝のルーティン コンビニで立ち読み OZ Hanako POPEYE &Premium
独房(自室)と会社を往復するだけの毎日だったので、雑誌を見て気持ちを保っていた
7/23(金)
東京で五輪開幕 私だけ長野五輪 冬季やあらへんで
リュージュすごかった(幻覚)
6/25(金)
仰向けで耳まで浸る40度 生まれる前に聞いていた音
7/27(火)
暗い部屋 窓からの光が頼り フェルメール作・眉を描く女
光の魔術師ってな
7/28(水)
少しずつ部屋から
スピーカーを自宅に送ったあと、部屋から音楽がなくなってつらい思いをした
7/29(木)
飲み会のあとの入浴 喧騒が去って 寡黙な女に戻る
《終幕》
7/30(金)
2ヶ月をひとり過ごした角部屋の 窓から西日 淡い別れの
編集後記
長野叙事詩の制作は、出発前から決定事項でした。
ぬくぬくと実家で暮らし続け二十数年。料理も洗濯も掃除もできない私は、長野県への長期出張を命じられた時、死を予感しました。
ご飯が作れなくて飢え死にエンドか、部屋の掃除ができずにゴミ屋敷エンドか、またはシンプルに寝坊して社会的な死を迎えるのか。。出発の日が近づくにつれ、不安は増幅していきました。
結構本気で切羽詰まっていたので「一旦落ち着こう」と思い、不安を和らげるために何ができるか考えた末、連作短歌の制作を思いつきました。
今思えば全く落ち着いていなかったと思います。半月ほど経って生活に慣れた頃、「いやなんで短歌だよ」と思いました。老後か。
自活への不安がなくなったあとも、短歌の制作は予定通り続けることにしました。決めたことは最後までやり通したいと思ったことと、今回の一人暮らしの模様を記録に残しておきたいと思ったためです。
「一人暮らしの模様」とは、単に生活の様子というだけではなく、その時々の感情や空気感などを付加した、個人的な記憶の総体です。題材にした出来事は様々ですが、ほとんどの歌は自室のワンルームで考えて書いたものです。見返した時、その大半から白い正方形の部屋が連想され、そこで営んだ生活と空気感・心持ちなどが蘇ります。
部屋は独房を思わせる狭さで、自分の料理はあまり美味しくなく、素敵な一人暮らしには程遠い毎日でした。しかしそれ以上に、自分の手で自分の生活を作る心地良さを感じた2ヶ月でもありました。
その快い記憶を直接的に言い表すことは難しかったため、今回このような形で記録を残せたことは良かったと感じています。
出張中「毎日一首作る」という計画は2週間で破綻したため、週末に複数個捻り出したり、ネタをストックしたりしました。
50首ほどが出来上がった状態で出張期間が終わり、帰還後に加筆修正を行いました。日数に足りない分を追加し、内容が薄いものは重要度の高いネタにすり替え、語感が気に入らないものに微修正を加えました。
添削に集中し続けると判断力が鈍り、最終的に全部駄作に思えてくるため、途中で1ヶ月程度の休憩を2回挟んでいます。書いたものを見るのが嫌になった段階で一度作業を手放し、客観的な判断ができるようになるまで時間をおきました。
とはいえ直したいところは際限なく出てくるため、推敲は半年で切り上げ、最後の2ヶ月で公開方法について検討しました。
はじめは全てまとめてTwitterに投稿する予定でしたが、文字数が想定より膨大であることから、ブログで公開することを思いつきました。
ドキュメントからブログへの移行作業・画像とリンクの貼り付け・目次の作成・前書きと編集後記の執筆(←言ってみたい)に時間を要し、気づけば出張終了から8ヶ月近くが経過していました。
かけた時間に見合う大作にはなりませんでしたが、突然短歌を作り始めて、突然大層なものを目指すのも変なので、これはこれで良いと思っています。それに、制作の目的はあくまで筆者の備忘録であり、その点では満足いくものになったのでOKです。
多くの人に喜んでもらえる内容ではありませんが、たまたま最後まで読んでしまった方は、お気に入りのものを一つ見つけるなどしてください(丸投げ)。スラヴ叙事詩ほどの感動はないにせよ、少しでもいいなと思える部分があれば幸いです。
最後に、それらしく謝辞を述べたいと思います。
出張期間中に筆者を心配し電話をくれた方、メッセージやプレゼント(感激)を送ってくれた方、長野県内で旅行を企画してくれた友人・家族、長野叙事詩の制作を応援してくれた方々、そしてここまで読んでくださった奇特な皆様へ、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
このブログを続けるかは未定ですが、機会があれば更新したいと思います。
ではまたどこかで。